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講座レポート 2024/2/5 No.2023-19 古典文学 ”蜻蛉日記”


講座日  令和6年2月5日 13:30~15:30                              

講師   齊藤貞博(元都立高校校長)


齊藤貞博講師の古典文学講座は今回で最後となる。蜻蛉日記は平安時代の女流日記のひとつ。奈良時代から日記はあったが公式なものは漢文または準漢文で、平安時代に段々と私的な日記は女性中心に仮名文字で書かれるようになった。作者は右大将道綱の母で天暦八年(954年)19歳の夏、26歳の右兵衛佐兼家の求婚、結婚に始まり、天延二年(974年)作者39歳までの21年間にわたる結婚生活の不如意による懊悩の心境を主題とする。その精細な心理描写は1002年から書かれた「源氏物語」の先蹤と言われる。現在のNHK大河ドラマ「光る君へ」に丁度この時代の描写があるが道長(三郎)と紫式部(まひろ)の恋は文献になくフィクションである由。平安時代中期は、一夫多妻制で、通い婚の時代。藤原道綱母が求婚されたとき、すでに藤原兼家には、正室「藤原時姫」がいた。道綱母は当時重要とされた和歌がことのほか得意で、美人の誉れ高くこれを聞きつけた兼家が猛烈にアタックしたのだった。蜻蛉日記の一部解説。「序」、「兼家の求婚」求婚も和歌で贈られ、和歌で返答した。「町の小路の女」兼家が他の女性に心移りしたのを知ったため、藤原兼家が訪ねてきても戸を開けないでいたら、その女のもとへと行ってしまった。「歎きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る」小倉百人一首に収載された有名な名歌。齊藤講師の名文調の解説に魅了された。


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コメント: 1
  • #1

    紅葉重ね (火曜日, 05 3月 2024 10:57)

    蜻蛉日記藤原道綱母と覚えておりましたが藤原兼家の内妻だったのですね!光の君との放送日とも相まってよくわかりました 嘆きつつの百人一首の理解力も深まりました‼️